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横尾宣政が初めて語る、本当のオリンパス事件 【4】

| 個別企業編 | オリンパス | 2022年1月12日 |

横尾宣政が初めて語る、本当のオリンパス事件

【4】決算対策(92年3月)

オリンパスは、元本と利回りを保証してくれる山一證券に運用を委託していた。要するに、山一證券の運用で損失が発生した場合、元本と運用利回りを保証してくれるのである。当然、運用の全ては山一證券に一任されていたので、期中に実現損を出すことにも無頓着であり、恐らく、損失補填規制の改正案が出てくるまでは損失額について知らされてはいなかった筈である。

ところが、大蔵省による損失補塡に対する規制強化(92年1月1日以降)が発表された時には、既に損失補填は請求できなくなっていた。

87年のブラック・マンデーで抱えた野村證券の評価損について下山敏郎社長に報告していなかった山田氏は(そのことは関係者の供述調書や証人尋問調書に記載されている)、92年に抱えた450億円の損失も下山氏に報告しなかった筈である。一人で損失問題を抱えた山田氏は、親しい外資系証券会社に相談した結果、彼等の決算対策商品を利用して92年3月の本決算を繕うことにした。

当時の会計基準は、一時所有の有価証券(運用目的で保有している有価証券)に対して、「時価評価」と「簿価評価」の二通りの評価方法を認めていた。

上場株式・上場国債・公募投信などの時価がはっきりしている有価証券ついては「時価評価」を採用しなければならなかった。具体的に言えば、値下がりして評価損が発生した場合、簿価(購入価格)を時価まで引き下げて「洗い替え」を行い、値下がり分の損失計上を義務付けていた。

例えば、1000円で買った株式(簿価1000円)が、決算時点で700円に値下がりしていたとすると、300円を損失計上して、簿価を700円に洗い替えるのである。一方、未上場株式・私募債・私募投信などの有価証券や、特定金銭信託で購入した有価証券については「簿価評価」が認められ、評価損が発生しても簿価の洗い替えは行わず、損失計上の必要もなかった。すなわち、1000円で買った株が700円まで値下がりしても、簿価の1000円は変わらず、損失計上の必要もなかったのである。この「簿価評価」を巧みに利用したのが、外資系証券の決算対策商品である。

決算対策商品は、簿価評価が許されている私募債や私募投信等で作られており、見せかけの(架空の)利益を出した時に発生する同額の含み損は、計上の必要がなかったのである。例えば、購入直後に20億円の配当を出す約束になっている配当先取り投信100億円を買った場合、当然、20億円の配当と同時に20億円の評価損が発生するが、私募投信だから「簿価評価」が認められており、評価損を計上する必要がなかったのである。

外資系証券は高い手数料を取る為に、私募投信や私募債(仕組債)にオプション等のデリバティブを複雑に組み込み、コストが分からない決算対策商品を作っていた。その為に、オリンパスの損失は大きく拡大した。

決算対策を行った会社は、損益を繕った詳細を監査法人に報告して、彼等に最終判断を委ねなければならなかった。山田氏は、92年3月に私へ掛けてきた電話で、決算対策を頼んだ外資系金融機関の名前や依頼した決算対策の金額を話しているが、その時のメモには「朝日監査法人には決算対策の内容を説明して承諾を貰うし、過去も全てそうしてきた」という山田氏の話も記載されている。決算対策の内容を朝日監査法人に詳しく説明し、彼等の承諾を得たオリンパスの92年3月決算は、当時の会計基準に基づいた合法的な決算だった。

 ところが、一審の判決文には、以下のような誤った記載がなされている。『同被告人は,特金等に関し,オリンパスには約400億円程度の簿外損失が存在し,同社がこれを隠すという判断をしたことを把握したと認められる』検察と東京地裁は、92年3月の400億円の損失が簿外損失だったとして、私が92年の時点でオリンパスの粉飾を知っていたと認定した。

しかし、前述したように、92年3月の損失は、当時の会計基準で簿価評価が認められた特定金外信託と決算対策商品(私募債・私募投信等)の評価損であり、朝日監査法人も承認した合法的な評価損だった。

簿価会計が認められない特定金外信託や決算対策商品などは無意味であり、そのような商品を購入する者はいない。250億円の実現損を簿外損失にしない為に、オリンパスは手数料などの多大なコストを外資系金融機関に支払って、決算対策商品を購入しているのだ(450億円の損失のうち、200億円は簿価会計が認められている特定金外信託の損失であり、この分の損失を決算対策商品の評価損に置き換える必要はない)。

判決文を見ると、裁判所が「オリンパスの92年3月期の損失は簿外損失で、粉飾決算は92年3月に始まっていた。山田氏からそれを聞かされた横尾は、この時点でオリンパスの粉飾を把握した」という誤った認定をしていることが分かる(群栄化学工業との損害賠償請求訴訟の1審判決を見ると、この損失を「含み損」と正しく認定している)。

横尾宣政

横尾宣政の経歴
1954年(昭和29年)兵庫県姫路市出身。78年京都大学経済学部卒業後、野村證券に入社。金沢支店、東京第二事業法人部、野村企業情報、ワッサースタイン・ぺレラ社(米国)、浜松支店、営業業務部、高崎支店、新宿野村ビル支店に勤務。98年5月に野村證券を退社して、グローバル・カンパニーを設立。
2012年2月16日に金融商品取引法違反で逮捕、同年3月7日に詐欺罪で再逮捕、2013年6月11日に組織犯罪処罰法違反で再々逮捕。
966日間の勾留後、保釈。最高裁での2年3ヶ月の審議後、有罪が確定。2019年8月16日に収監される。2020年11月19日に仮釈放。