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野村HD・NY子会社の巨額損失の背景

| 株式編 | 米国 | 経済編 | 2021年3月31日 |

野村HD・NY子会社の巨額損失の背景

 今週月曜日(3月29日)取引開始前の午前8時45分、野村HDが「米国子会社において、米国顧客との取引に起因して多額の損害が生じる可能性が出た」とのIRを発表した。

 見込み損害額は3月26日時点で約20億ドル(2200億円)と公表され、同時に予定していた米国における32億5000万ドル(3575億円)の社債発行を中止した。社債発行に際して米SECに提出している予想収益が大きく変更されるための措置である。

 このIRだけでは「何が起こったのか?」がわかりにくく、当然に日本における報道も同じようなものであった。野村HDの株価は29~30日の2日間で約17%下落したが、日経平均も(29日の)NY株式もわずかに上昇しており、株式市場全体に与える影響は大きくないようにも思える。

 それではいったい何が起こったのか?

 著名ヘッジファンドのタイガー・マネジメントでトレーダーだったジム・ファン(Hwang)なる韓国系米国人は、独立後の2012年にインサイダー取引や中国株の相場操縦で6000万ドルの罰金を支払い、投資顧問・ヘッジファンド業界から追放されていた。

 顧客の資金を集めて運用することを禁じられたファンは、自身または親族だけの資金を運用するプライベートファンドのアルケゴス(Archegos)・キャピタル・マネジメントを設立し、「ひっそり」と運用を始めていたはずだった。アルケゴスはプライベートファンドなので保有銘柄や外部負債(レバレッジ)など米SECへの報告義務も緩やかである。事実ファンは全く報告していなかった。従って「つい最近まで」誰もアルケゴスの存在を知らず、ジム・ファンはマンハッタン・ミッドタウンのオフィスで「密かに」巨額利益を積み上げていた。

 しかしそのためにはアルケゴスに、一般のヘッジファンドと同等のブロック・トレードを含めた株式売買、保有株を使ったファイナンス、貸株調達、外部負債を積み上げるなどのサービスを提供するプライム・ブローカーが必須である。

 当然にヘッジファンド業界から追放されているジム・ファンのアルケゴスにこういうサービスを提供することは禁じられているが、ファンド規模が大きくなるにつれプライム・ブローカーの手数料も膨大なものになり、いつの間にか野村HDの米子会社、クレディ・スイス、モルガン・スタンレー、ドイツ銀行などが取引を開始していた。

 プライム・ブローカー業務最大手のゴールドマン・サックスは、マレーシアで不祥事が発覚したばかりでもあり2018年後半まではジム・ファンのファンドとの取引を控えていたが、まもなくモルガン・スタンレーと並ぶ最大取引業者となる。

 プライム・ブローカー業務で最も利益が出る取引はファンドに特定銘柄の大口ブロックをオファーし、逆に買い取るブロック・トレードである。例えば特定銘柄の大口ブロックをファンドから買い取った場合(多少時価より安く買い取る)、すぐに市場で全額処分できない。そこで類似の銘柄や値動きの似た銘柄をショートし、時間をかけてカバーして買い取ったブロックを処分して利益を積み上げる。

 これはあくまでも「通常のブロック・トレード」であるが、29日以降に盛んに報道されるブロック・トレードも仕組みは同じである。ただ目的が大きく違った。

 変調は先週(3月22~26日)に現れていた。ジム・ファンが大量に買い入れていたバイアコムCBS、ディスカバリー、百度、GSXテクエデュ(中国の学習塾)などが揃って下落し、週末の26日にはポートフォリオ総額の27%が株価下落で「消滅」していた。アルケゴスの自己資本は先週100億ドルあったが、レバレッジ後のポジション総額が400億ドルあり(500~1000億ドルあったとも言われている)、この時点で自己資本がほぼ消滅し、巨額のマージン・コール(追証)が発生している。

 当然にジム・ファンは支払えないため、プライム・ブローカーは自己のリスクを軽減するため(クリアリング機関に直接マージン・コールを支払わなければならないため)アルケゴスのポジションを売却してリスクを軽減する。そこで先ほどのブロック・トレードが使われるが、ここにトレーディング能力の差が出る。ゴールドマンはいち早く105億ドルのブロック・トレードでリスクを軽減したが、ここでモタモタした野村HDとクレディ・スイスの損失が膨らむ。損失は野村HDが20億ドル、クレディ・スイスは30~40億ドルにも上る。また何故か三菱UFJ証券にも3億ドルの損失が出ている。

 ここでゴールドマンの105億ドルのブロック・トレードが「フライング」だった疑いがある。つまり契約で決められたマージン維持率を下回る前にブロック・トレードで売却を始めた可能性がある、今後訴訟の対象となる。

 またアルケゴスは複数のプライム・ブローカーとの間で「トータルリターン・スワップ」を組んでいた可能性がある。これはポートフォリオ損益と短期金利を交換するもので、レバレッジをひそかに大幅に引き上げる効果がある。だとすれば今後の処理も複雑になり、影響も長く残る。

 NY市場では29日にも大口ブロック・トレードが繰り返されていたが、アルケゴスのポジション必要額がすべて処理されたわけではなく、まだ波乱の芽は残っている。30日のNY市場も小幅安で始まっている。

 リーマンショックを含む過去の金融危機時には必ず「少し前に」ヘッジファンドの破綻がいくつか出る。現在は過去に比べて市場の厚みも違うため、アルケゴス自体が株式市場に大きな波乱を起こすこともなさそうである。

 しかし「いやな兆候」であることは間違いない。

2021年3月31日